弁護士 宮本 督
エッセイ:to be a Rock and not to Roll
これだけは知っておきたい 「著作権」の基本と常識
デジタル機器やインターネットの進化と汎用化により、デジタルデータのコピーがきわめて安易に安価に行われるようになるにつれ、「著作権法」が耳目を集めるようになってきました。そう聞くと、多くの方は、音楽の分野での問題を思い浮かべるのではないでしょうか。実際、デジタルコピーに関する技術の進歩と普及が、レコード会社の売上に大きなインパクトを与えたことは、著作権に関する広い議論を巻き起こしてきました。
現行の著作権法が制定されたのは1970年のことです。その頃、音楽の録音や再生の装置で一般家庭に普及していたのはカセットテープとラジカセくらいでした。それでも1980年代に入って、レンタルレコード店が増え、人々は、借りてきたレコードを家庭でカセットテープに録音することが可能になり、音楽業界の反発を買うことになります。
しかし問題はこれに止まりませんでした。1980年代、デジタル録音のCDが登場すると、瞬く間にアナログ録音のLPを抜き去り、家庭用の録音機器も続々と現れ、家庭用のPCで、CD-Rにコピーすることが可能になります。このデジタル録音技術によれば、コピーしても、音質が劣化することがないため、このCD-Rを利用した海賊版CDが流行してしまうことになりました。
さらに1990年代の後半から、インターネットが登場し、データの圧縮技術と、データ通信回線の大容量化により、レコード会社の許諾を得ない、海賊版の音楽データの配信サイトが現れました。
技術はさらに進みます。ファイル交換という新しいテクノロジーです。ユーザー同士が、手許にあるデータを互いに交換できるような仕組みを用意した「ナップスター」に対しては、レコード会社だけでなく、有名ヘヴィメタルバンドも著作権侵害として訴訟を提起する事態になりました。
このように新しい技術が現れる中で、それらに対応する形で著作権法の改正も進み、新しい制度が用意され、また判例や学説にも新しい考え方が現れてきました。しかし、これらに際して行われてきた議論は、分かりやすさを優先し誤解を恐れずに申し上げますと、たった一つの共通認識に基づいて行われています。それはすなわち、著作権法が、文化や芸術の発展のために用意された仕組みだということです。どのようにルールを定めれば、最も文化や芸術の進展に役立つかということが考えられてきているのです。
仮に、音楽家やレコード会社の利益に配慮せず、著作権法のルールを、利用者の便利だけを考えて定めてしまえば、音楽家の収入は途絶え、音楽活動を続けられなくなる可能性もあります。音楽家のインセンティブを失わせ、いい音楽が生まれにくい環境をもたらします。いい音楽を作っても、発表することをためらう音楽家も現れるかもしれません。これでは、文化・芸術の振興にはマイナスです。
他方で、音楽家やレコード会社の利益を重視するなら、例えば、購入したCDを私的に楽しむために携帯用のプレイヤーにとり込む行為や、気に入った楽曲を私的に演奏する行為までも規制対象になるかもしれません。これでは、人々の音楽離れを招き、やはり文化・芸術の発展につながらないことになってしまいます。
このように対立する利害関係がある中、著作権法は、権利者の側と著作物を利用し楽しむ者の側の両者の利益、つまり「創作者の独占権」と「利用の便宜」のバランスをどのようなものにすれば、人類共通の財産である文化や芸術が最も発展するかを考えて制度を作っているのです。
実際、著作権法第1条は、著作権法の目的について定め、「この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする」と述べています。
著作権法のさまざまな取り決めには、とっつきにくく感じられるものもあるかもしれません。直感的にイメージしにくい概念や日常生活にはなじみのない制度が用意されているのも確かです。しかし、考え方の基本は一つです。それは、どのようにルールを定めれば、文化・芸術の発展に資することになるか、なのです。これから学んでいただくさまざまな仕組みは、このような「独占権の保護」と「利用のし易さ」のバランスの最適解と考えられているものに他なりません。
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※出版社の了解を得て、前書きを転載させていただきました。