弁護士 宮本 督
エッセイ:to be a Rock and not to Roll
コンサート探訪日記
最近、お出掛けしたコンサートをいくつか紹介。
いい年をして、まだまだ、ふらっと音楽を聴きに行くのが好きなボクです。
4月19日(土)草月ホール
少し前、自宅であふれかえるほど大量のCDを整理していたら、遊佐未森のCDが出てきた。高校を出て浪人していた頃、よく聴いていた。昔からロックやブルースしかほとんど耳にしない私だが、このようなポップスを聴いていたのは、当時、付き合っていた女の子の影響だ。
遊佐をネットで調べると、まだ活動を続けていると知り、コンサートチケットを予約してみた。
そしてこの日。行くべきか最後まで逡巡したものの、結局、お出掛けすることにした。魅力だった高音はかすれがちで、ステージングは相変わらずぎこちない。そんな中、あの子が好きだったあの曲も。会わなくなってからしばらく経った頃、共通の知人から信じ難い報せを聞いたのだが、嫌でも、その時のことが思い出される。
遊佐のライブは約25年ぶり。アーティストと観客は応分に年を重ねて、それぞれオバサンとオジサンになった。年をとることを自ら止めた女の子は、相変わらず女の子のまま。そして音楽もあの日あの時のまま。
来るべきじゃなかったかとも思ったが、それは違うと思い直した。今日までの間、遊佐にも、(恐らく)人生の紆余曲折があっただろう。それでも歌手としての活動を継続し、今、25年前と同じように、私の目の前で歌っている。私の人生にも人並みにいろいろなことが起こったが、再び遊佐のライブに出掛けることを思い立ち、そして今、このホールで、私と遊佐の人生が、四半世紀ぶりに交差している。そのことはそれだけで意義深いことに思える。私たちは、生き残った。そしてこれからも、鎮魂すべきものを胸にいくつか抱えながら、それぞれに歩みを続けていくことになるのだ。
アンコールを求める拍手の中で、そんなことをぼんやりと考えていた。
4月20日(日)六本木のEXシアター
前日のポップスから一転、渋い大人のブルース・ロック。「100万ドルのギタリスト」ことジョニー・ウィンターの日本ツアー最終公演。
ローディーに付き添われて、よちよちと歩きながら登場し、よっこらしょっとイスに腰掛けて何とかギターを構える。御大は、まだ70歳を少し過ぎただけのはずだ。長く続いた荒廃した生活が、身体をむしばんだのだろう。大丈夫なのかなあと思ったが、演奏が始まった途端、そんな懸念は一発で払拭された。序盤から中盤はブルースを中心に、終盤にはロックン・ロール。一本調子ながら、客の聴きたいだろう曲を、次から次に繰り出し、見るからに(聴くからに)絶好調。特に、ヘビーなグルーブを叩き出していたドラマー(名前知らない)との相性が抜群だった。アンコールでは、ギターをお馴染みのファイアーバードに持ち換え、ロバート・ジョンソンの「ダスト・マイ・ブルーム」。そしてボブ・ディランの「追憶のハイウェイ61」で満席のオーディエンスは総立ち。
自力での歩行もままならないのに、猛烈にギターをかき鳴らし、しゃがれた声を絞り出すように歌う。見た目は大きく変わったが、演奏は変わらず艶っぽく、聴き手の心を揺さぶるような強い説得力を感じさせる。いい音楽って、こーゆーのだよなーと思う。しみじみ思う。
聴きに行けてよかった。ジョニー、また日本に来てくれて有り難う。
終演後は、とても幸せな気持ちで、美味しく楽しく深酒。こればかりは生き残った者の特権だ。
5月4日(日)ブルーノート東京
仕事を少しだけ。それ以外は特にすることもない暇なゴールデンウィーク。誰の邪魔もせず、誰からも邪魔されず、自宅で本を読んで、音楽を聴いて、走って、お酒を飲みながらDVDを観て・・・の繰り返し。孤独で自由。都市生活者の理想的な休日だったわけが、一日だけ、ジャズファンの母親とブルーノート東京へ。
ディー・ディー・ブリッジウォーターの公演だ。知らない?あ、そう。実は私も知らなかった。黒人の女性ジャズ歌手。彼女と、ピアノ、ウッドベース、ドラム、トランペットとアルトサックスという構成。一曲ごとに表情を変えながら、でも一貫して(上手く言えないけど)ビターで知性を感じさせる歌唱だ。特に、最後に演ってくれた、スティービー・ワンダーの「You Haven't Done Nothin'」が最高だった。曲の紹介で「すべての先進国政府に捧げる」って言い出して、そんな直截なコメントは要らねーよと鼻白んだけど、一転、演奏はとびきり楽しくて(プロテストソングなんだけどね)、パワフルで、ぶっ飛んだ。
こういうのも、年に一度くらいなら悪くないかも。母親だって、いつまで元気かわからないしね。
5月18日(日)国立競技場
ポール・マッカートニー。ローリング・ストーンズとエリック・クラプトンとボブ・ディランに続いての、超メジャー・アーティストの来日公演。・・・の予定だったが、ポールの体調不良により中止に。
想像してみて欲しい。初夏の東京。晴天で、さわやかな風が気持ちよく吹く中、夕方からだんだん夜になっていく時間帯。都心の野外コンサートに数万人が集まって、ほろ酔い気分で、皆でビートルズの曲を聴く。そして、それを目の前で歌っているのが本物のポール。そんなとびきり贅沢な祝祭になるはずだったのに。
残念でした。
5月29日(木)代官山のライブハウス「晴れたら空に豆をまいて」
友人(というか)のシンガー・ソングライター、横井玲さんのライブ。小さな箱だったけど超満員でちょっと驚いた。
アコースティックなサウンドのオリジナル曲を中心に演奏。最近はメールで、「なかなか新曲が書き上がらなくて禿げそうだ」なんて言っていたけど、この夜は、悩んでできあがった新しい歌もいくつか披露してくれた。どの曲もポップでキュート。不思議な懐かしさを感じさせるメロディだ。ライブの構成にもメリハリがあり、やわらかい歌声の音程もしっかりしていて、バンドの演奏も、前に聴かせてもらったときよりずっと力強くなっている。アットホームな雰囲気で、リラックスできて、楽しくて、嬉しくて、温かい気持ちになれるコンサートだった。
マイナーな音楽シーンに、こんなキラキラとした魅力と才能がたくさん埋もれているのって、とても勿体ないことだけど、こういうところから、メジャーに駆け上がっていく人も僅かながらいる。
玲さん、頑張って。ステージから、歌に賭ける一生懸命さがビシビシと伝わってきてたよ。
と、ここ40日くらいの間に聴きに行ったコンサートでした(これでも、一部を省略しています)。仕事してるのか?と思われそうですが、大丈夫、仕事もちゃんとやってます。ほんとです。
宮本の本棚から
今年(2014年)の赤ヘル(広島カープ)も好調だけど(5月30日現在)、これは1975年のお話し。
著者は重松清。「ビタミンF」と「ナイフ」と、他に数冊読んだことがあるけど、良くも悪くも、どれもこれも《佳作》というイメージの作家だ。いつも、ほんと上手いなあと思うけど、ナンバー1じゃない。器用貧乏というと言い過ぎかな。
「赤ヘル1975」は、もともと本屋で、タイトルと表紙を見た瞬間、オーッと思ってしまい、いわゆるジャケ買い。気付いたら、重松清だったという次第。だけど、上手いだけじゃない。掛け値なしにかなり良かった。
広島に原爆が投下されて30年が経った1975年。万年最下位の弱小球団だった広島カープが初優勝をする。この年、父親の夜逃げで東京から転校してきた中学1年生の巨人ファンの男の子が主人公。多感な時期の、同級生との友情やほのかな恋心、お調子者の父親との生活、離れて暮らす母親の再婚への反応を軸に、カープに託された広島市民の願いや原爆の後遺症に悩む長屋の住人達の生活が、カープの快進撃とともに語られる。
オススメ。