銀座数寄屋通り法律事務所[旧 中島・宮本・溝口法律事務所] >HOME

弁護士 宮本 督

エッセイ:
to be a Rock and not to Roll

2010.07.27

今度こそサブフォーを

 オーストラリア・ゴールドコーストで、フルマラソンのフィニッシュラインを通過した時、スタートから4時間と10分余りが経過していた。ほぼ同タイムでゴールした見知らぬ日本人ランナーと互いの健闘を讃え、握手を交わす。彼から「お疲れさまでした」と声をかけられ、日常的な挨拶として気軽に交わされる「お疲れさま」という日本語が、初めて意味と実感を伴って心に響いた。だって、本当に疲れて、疲れ果てたのだから。
 4時間以内という目標は達成できなかったが、今回は、マラソンレースを心の底から楽しむことができた。抜けるように高くて広い空の下、ゴールドコーストの美しい海岸線を走りながら、私は、健康であること、仕事や職場や家族や友人達に恵まれていることに深く深く感謝していた。一人一人を思い浮かべて謝意を表し、もし私にその資格があるのなら、全員に祝福を与えたいほどだった。

 ただそれでも、目標達成ができなかったことは心残りとなった。「サブフォー」と呼ばれる3時間台でのフルマラソンの完走は、ゴルフのスコアでいえば100の壁のように、マラソンにチャレンジするランナー達の誰もが意識する目標で、ゴールドコーストマラソンでは、この4時間切りを目標にしたのだが、残念ながら達成できなかった。30キロ地点当たりで若干のペースの落ち込みに気付き、スピードアップを図ったのだが、思うように上げられず、逆に38キロ地点付近より後は、完全に力尽きてしまい、ただ、歩かずに走っているだけという状態になってしまった。
 確かに、仮に今回、4時間を切る走りをしてしまっていたら、私の性格から言って、達成感から、ランニングに飽きて辞めてしまうことになったかも知れない。「結果的には、これでよかったのかな」とも思いながら、それでも、「100日間の禁酒までして頑張ったのに」という割り切れない思いも拭い切れなかった。帰国する飛行機の中で、谷川真理さん(アシックスのイベントや、ハーフマラソンに出場したらしい)や、フルマラソン(女子の部)で優勝した吉田香織さんと一緒になり、もちろん、彼女たちとの筋力や持久力の格段な違いは自覚しながら、それでも、じゃあ何が具体的にどう違うのだろうとも思った。

 私は、ブレインワークは得意な方だ。大学までの入学試験も、司法試験も、難なくというわけではないけど、大きな苦労はなくクリアーしてきたし、弁護士としても、その仕事の多くは頭脳労働なわけだが、歴史に名を残すような偉大さからは程遠いものの、少なくとも平均レベルの弁護士より、はるかに水準の高い仕事ができていると思う(関係ないけれど、最近の法曹人口の増加で全体的な弁護士のレベルはかなり降下しているので、私の相対的な地位はそれに伴って急上昇している。)。
 でも、フィジカルな面は、思うようにいかない。私は、子供の頃から、真面目にスポーツに取り組んだ経験がない。あの運動部の、あるいは体育会の雰囲気は、嫌悪と軽蔑の対象でしかなかったし、学校以外の場所で独自にスポーツに取り組むなんて思いつきもしなかった。学校を卒業した後は、手持ちの時間の大半は仕事に割かれることになって、趣味を楽しむような余裕はあまりなく、そのため、中年になってから始めたランニングで、生涯でほぼ初めて肉体を鍛錬することになった。しかし、これが上手くいかない。少なくとも、得意なブレインワークのようなわけにはいかない。
 ランニングのためのトレーニングは、ほとんどランニングをすることそれ自体だが、日によって、短い距離を速めのペースで走ったり、長距離をゆっくりと走ったり(Long Slow Distanceの略で、LSDトレーニングと言うらしい。)、スピードを徐々に上げていって、最後は、はぁはぁゼィゼィするくらい追い込むようなトレーニングもある(これはホントつらい)。筋肉や心肺に負荷を与えることで強化するわけだが、負荷は、強過ぎても弱過ぎても効果が充分に得られず、また、さまざまな種類の負荷をさまざまな強度でかけることで、マラソンに必要な筋力を体力を持久力を鍛えていく。ただ、どのような練習をどの程度積めばマラソンのタイム短縮につながるのかは、やってみないと分からない。有効なトレーニング方法について決まったマニュアルのようなものがあればよいのだが、そんなものはなく、ランナー向けの書籍・雑誌やインターネット等で得た知識を基に、自らの体と相談しながら、自らの体を使っての実験を繰り返すしかない。
 もちろん、試験勉強でも交渉や裁判の実務でも、「能力アップ」のため、トライ・アンド・エラーを重ねなければならないことは変わりない。そう言えば、試験勉強では、過去の出題の検討を重視するとか、得意科目を作るより苦手科目を作らないことを意識するとか、私なりの方法論を身につけて、高校受験→大学受験→司法試験と進むうちに、必要に応じ、それらを修正したり、ブラッシュアップしたりしたものだった。今の仕事である法律実務のフィールドでも、いろいろな独自のノウハウを蓄積している。
 そんなこんなで私の場合、ブレインワークは、これまでの間、比較的順調にやってきた。しかし、マラソンのトレーニングは勝手が違うようだ。入学試験や司法試験のようには、あるいは交渉や裁判のようには、上手くいかない。少なくとも、今のところ上手くいっていない。
 思うように能力アップを図れないのは、年齢のせいもあるかも知れない。私は、先月、40歳になった。まだ若い。でも、肉体のピークは明らかに過ぎてしまっているのだから。
 原因も解決方法も判然としない。仕方ない。今の私にできるのは、ただ、毎日の試行錯誤を続けることだけだ。どうにも上手くいかない。しかし、まだ結論が出たわけではない。それに、私は今、容易に達成できないというそのことを楽しめている。少なくとも、これは年齢のなせるワザだろう。

 今朝は暑さから逃れ、室内でトレッドミル(ルームランナー)を使って10キロ走った。所詮は趣味に過ぎないが、マジメに取り組んでいる。そう言えば、もともと、ダイエット(体重減)のために始めたランニングだったが、気付けば、ランニング(レースタイム)のために体重を減らすことを意識するようになった。
 次回のフルマラソンには、今のところ、今年12月12日に宮崎県で行われる青島太平洋マラソンを予定している。現地は、家畜の伝染病「口蹄疫」問題で観光収入等も激減しているらしく、僅かながらでも(本当に僅かだが)貢献できればと思い、参加を決めた。
 今度こそサブフォーを・・・。