弁護士 宮本 督
エッセイ:to be a Rock and not to Roll
出張の夜
昔々、と言っても10年ちょっと前、司法試験に合格した後の司法修習中、北海道(札幌)に住んでいた。1年半くらい。
そして、先日、北海道で会社の再建を引き受けることになって、10年以上ぶりの札幌。1泊2日の出張だ。
早朝6時過ぎの千歳行きの飛行機に乗るのに、タクシーで羽田に向かう。昔から、出張って、なんだか楽しみだ。今回は、債権者たち10社くらいと順番に面談して、それなりにタフな交渉なんだけど、それでも久しぶりのススキノで楽しみたい気持ちもどこかにあって(ものごとの悪い面だけを見てばかりじゃあ、やってられないもん)、具体的なプランがあるわけじゃないけど、なんだか足どりが軽い感じだ。
でも、なんだか浮き立ちながらも、もう一つ大きく弾みきれない。素直に解放されない。20代の頃だったら、何の迷いもなく、後先を考えず、夜の街に飛び出していったことだろう。だけど、最近は、かすかな開放感が芽生えてきても、もう一人の自分が知らん顔をしてしまう。
千歳から小樽へ。その後、小樽から札幌へ。懐かしい街並みだ。銀行とか大口仕入先とかを順番に訪問。再建計画を説明して、支払額が少ないことを謝って、でも再建計画をのんでくれなかったら、配当がもっとひどいことになっちゃうことやなんかも説明して、何とか協力を求める。その他、法律の話とか、税金の話とか、まあイロイロあって、めんどくさいけど、仕方ない。これが仕事なんだから。
債権者たちを6社も回り、依頼会社との打合せを終えて、食事の誘いを断る。ホテルにチェックイン。午後8時半。
さて、どうしよう。ベッドの縁に腰を下ろしてぼーっとする。何か物足りない。仕事から解き放たれて、しかもまだ8時半。心の隅に、バカ騒ぎしたいような、あるいは少しスケベなことをしたいような、小さな欲求がくすぶる。でも、ちょっと、だけだ。それが微妙で、もの悲しい。
テレビを付けてみる。普段は滅多にテレビなんて見ない。家のテレビは、完全にDVDのモニターと化している。芸能人がたくさん出てくるクイズ番組をしばらく眺める。クイズは簡単。でも、出演してる芸能人が分からない。ぜーんぜん分からない。知らない連中ばかりだ。
テレビを付けたままにして、とりあえずシャワーを浴びて着替える。1泊2日でも、いつも着替えは2着用意する。翌日用の他に、夜用。出張の夜、ホテルの部屋になんてほとんどいなかった頃からの名残だ。昔だったら、チェックインしてすぐに夜の街に吸い込まれ、朝方までどこかで騒いで、シャワーだけ浴びに戻ってチェックアウトするというのが当たり前だった。そんなわけで、深い考えもなく夜用に着替えたものの、どこかに出かける気力がわいてこない。再び、ベッドに寝っ転がって、テレビを眺める。ススキノで遊んでいたのは10年以上も昔の話だ。知ってる店なんて今もあるのか、だいたい正確な場所がどこだったのか、はっきり思い出せない。腹が減った。テレビではローソンのCMをやっている。弁当が美味そうだ。窓の外にローソンが見えたのを思い出し、とりあえず腹ごしらえをして、それからどこに遊びに行くかを考えることにする。
ローソンで弁当と野菜ジュースを買ってきた。けだるい体を引きずって、ベッドに寝ころんで、テレビを眺めながら味も分からず口にする。テレビは相変わらずクイズ番組だ。芸能人たちは、同じような顔と格好でまったく区別が付かない。昔、父親が、若い芸能人が皆同じ顔に見えると言ってるのを、年はとりたくないとバカにしていたことを思い出して、またブルーな気分になる。
とりあえず腹は一杯になった。今朝は5時起きだったし、明日も朝から債権者まわりだ。少し眠い。
うるさいテレビを消して、ベッドに転がり、夜用に着替えた服のまま目を閉じる。落ちてしまいそうだ。せっかくの札幌の夜なのにと思う心の火は少しずつ小さくなる。疲れた。精神的にも肉体的にも無理がきかなくなっている。明日のことを考えてしまう。なんだか少し寂しい。1分もたたないうちに眠りが訪れた。