弁護士 宮本 督
エッセイ:to be a Rock and not to Roll
人生の第二幕
開演予定時間の19時を少し過ぎた頃、新交通臨海線(ゆりかもめ)の駅を降りると、会場の周りには人がごった返している。開演どころか、まだ開場もしていないとのこと。相変わらずの行儀の悪さに、苦笑いを浮かべてしまう。遅刻は、ガンズ・アンド・ローゼズにとっては昔からの「お約束」だった。東京ドームで、なかなか始まらないコンサートを待ち続けた20年前のことを思い出す。大学生の頃。青春だったねえ。
ようやく会場に入り、ウイスキーをストレートで注文し、2階の自席で飲みながらくつろぐ。ZeppTokyoは、お気に入りのライブハウスだ。1階は立ち見の自由席。2階は指定席。もう若くない私は、いつも2階席最前列のチケットを確保するようにしている。座ったまま、バンドと観客を見下ろしながら、ゆっくりとライブを楽しめる。こういう音楽の楽しみ方もあっていいと思うようになった。大人になったねえ。しかし、こんな小さなホールでガンズ・アンド・ローゼズのコンサートを体験できるなんてね。
1階の皆さんが、開演前からヒートアップしているのを、こんな雰囲気のコンサートって久しぶりだよなあとぼんやりと眺めていたら、いきなり客席の照明が落ちて開演した。ギターが3人、キーボードが2人、そしてドラムとベースという編成。みんなホントにお上手。会場が小さいと、改めて演奏テクニックが際立って感じられる。そして、オープニングから、文字通りのヒットパレードで、あのイントロも、あのソロも、完全コピーで再現。あの頃を思い出さずにはいられない名曲の数々。バックの安定した演奏に支えられて、アクセル・ローズの高音も申し分なく伸びている。
この日のライブは、アクセル・ローズのヴォーカルも含め、特に中盤以後の演奏は白眉で、そのままライブ盤にしてもいいのではと思えるほど。2008年発売の新作アルバムからの曲も素晴らしかったが、1階の皆さんのお目当ては、やっぱりWelcome to the Jungleとか、Sweet Child O' Mineといった古い曲で、その盛り上がりはYou Could Be Mineで頂点に達していた。
コンサートは3時間を超え、アンコールの最後の曲Paradise Cityの演奏が始まった。ガンズ・アンド・ローゼズのギグは、昔も今も、この曲でエンディングを迎える。87年発売のデビューアルバムからの曲だが、ステージには、アクセル・ローズを除き、このアルバムを録音したメンバーは誰もいない。80年代の後半から90年代初めの、今から思えば本当に短い期間だったが、ガンズ・アンド・ローゼズは、圧倒的な成功を収め、時代の寵児となった。その後、繰り返された内紛と、数々の訴訟。スキャンダルにまみれたバンドは空中分解し、オリジナルアルバムの発表は91年から17年間もの空白を経ることになった。
ガンズ・アンド・ローゼズという記憶。当時の日本はバブル経済の絶頂期に向けて上り詰め、その間に、私は高校生から大学生になった。名曲の数々は、当時の思い出と分かち難く結びついていて、その記憶は年月を経るのを拒むように鮮鋭なままだ。今回、私が高額のチケットをどうにか手に入れ、このコンサートに足を運んだのは、その思い出を、その夢を忘れ去ることができないからなのだろう。そして、Paradise Cityでのオーディエンスのシンガロングも、あの時と同じ。
アクセル・ローズはもう50歳。見た目は大きく変わったが、若い凄腕のメンバー達に囲まれ、あの頃の歌を、そして新しい曲を歌う。その姿は、真に満足そうだ。怒りとストレスとフラストレーションを叩き付けるように歌っていた絶頂期を過ぎ、復活後に身につけたその丁寧な歌いぶりからは、若干の余裕と併せ、聴く者を否応なくタイムスリップさせる説得力も感じられる。そしてそれに加えて、新しい曲の叙情的な美しさも特筆されるべきだ。
スコット・フィッツジェラルドは、かつて、「アメリカ人の人生に第二幕はない」と書いた。しかし、昨夜、私の目の前で演じられていたのは、紛れもなくアクセル・ローズの人生の第二幕だった。